「非認知能力」とは?~子供の人生を豊かにするかもしれない力~後編

皆様こんにちは!
キッズトレーナーの奥村和正です。

前回の記事では非認知能力とは!?というお話を中心に、私の経験談に基づいて、どのように非認知能力は育つのかを考察して来ました。
〈前回の記事はコチラ〉

今回は私の体験談の続きからお話したいと思います。

非認知能力の育て方③~実体験編つづき~

中学では地区でトップ3に入る強豪バレー部に所属し、精神的にボロボロになりながら全く結果を出せなかった私ですが、同じくボロボロな中学バレー時代を過ごした同じ中学出身の先輩に誘われ、高校でもバレー部に入部する事を決めました。

とはいえ入部当初はひたすらボール拾いの毎日。淡々と日々を過ごしていました。体験時に感じた「何故あの中学時代ボロボロだった先輩がここまで伸びたのか!?」という問いの答えは見つからないまま。

しかし、夏の大会が終わり、3年生が引退すると状況は一変します。
我々一年も中心メンバーとなりレギュラー争いに絡むようになって来ました。

中学とは状況が違った事が一つあり、それは【リベロ制度】が導入されたことです。

6人制バレーではコートの前側に3人、後ろ側に3人が位置し、点が入るごとに時計回りに一人ずつローテーションして行きます。コート前面でネットより高い位置でボールを触れるのは前衛の3人のみというルールで、自動的に後衛に回ると、攻撃参加が出来ない仕組みになっています。(バックアタックは後衛エリカからジャンプして打つのでOK)

リベロというのは、攻撃は得意だけど守備が苦手という選手が後衛に回ってきたときに交代して、前衛にもどる際にまた元の選手と代わるという制度で、つまり守備専門のポジションなのです。

このリベロ制度の登場で、私のような背の低い者もレシーブさえ上手ければバレーで活躍できるようになりました。私は高校時に現在と同じ164cmだったので、このポジションに勝機を見出しました。

…ですが、当時の私は、そこまでレシーブが得意ではなかったのです。

「詰んだわ…」

高校バレーは中学以上にフィジカルレベルも上がり、私のような背の小さくてジャンプ力が無い選手は全くといっていいほど活躍の場はありません。入部早々に私は自分の選択を後悔することになりました(笑)

しかし、その時手を差し伸べてくれたのが、高校で別人のように素晴らしいプレーで輝いていたあの「先輩」でした。

恩師たちとの出会い

「オク!一緒に朝練しようぜ!」

この青春バレー漫画に出て来そうなセリフから、私と先輩の秘密の特訓の毎日が始まったのです。

この秘密特訓の成果はすぐに表れ、私のレシーブの成功率は徐々に上がって行きます。
そこで監督の目に留まり、1年秋の大会からサブリベロとしてベンチ入りする事となりました。

そして、その大会でそれなりのレシーブ率でこなした私は、そのままチームのリベロとして定着することとなったのです。

このまま順風満帆に行きそうな私のバレー生活でしたが、そうは問屋が卸しません。

どんなに練習しようとも、ミスは絶対に出ます。
私は特に試合でミスが出ると、立て直せることもありましたが、メンタル崩壊しそのまま総崩れなんていう事が多々ありました。

リベロというポジションの特性上、レシーブは上げて当たり前で、ミスはありえない雰囲気というのもあり、スパイクのように一度決まると自分の中で流れを断ち切ったり気持ちを切り替えたりするのが非常に難しいポジションだったのです。

とは言え、自己コントロールが上手い選手はいたので、何とか自分を改善しないといけません。

そんな壁にぶち当たっていた私に、第二の手を差し伸べてくれたのが監督である顧問の先生でした。

先生は、そんなリベロというポジションの特性を理解してかせずかわかりませんが、とにかくよくフォローしてくれたのを覚えています。

2人で話す時間を作って話をしてくれたり、とにかく明るく激励を続けてくれました。
それでもミスを連発し、重圧に耐えきれず試合中に腐ってしまった私には目に涙を浮かべて叱責をする事もありました。

普段から親身にフォローをもらえていなければ、この叱責は受け止められないと思うのですが、関係性があったからこそ本気の気持ちが伝わり、私は何度も自分を見つめ直し、奮起しようという気持ちが自主的に生まれたのだと思います。

この先生と先輩達(この高校は本当に皆人格者で、同じ中学の先輩以外も私をケアしてくれたり夜の補強練習に付き合ってくれる先輩がたくさんいました。)の導きのおかげで、私はリベロとして何とか花開き、最終的には3年の夏に地区の選抜チームのリベロに選ばれる事になりました。(ただし、とんでも無く上手なレシーバーが同地区に一人いて私はサブリベロでしたが…)

この高校バレー部での経験は私の中で一つ大きな成功体験となり、正しいやり方を学び、コツコツ継続的に努力し続ける事で結果がついて来る事を学びました。
しかし、一番大きかったのはそこに【一緒に走ってくれる人】がいたと言う事です。

色々な人がいると思いますが、私は先生や先輩方が隣でずっと励ましてくれたからここまで頑張れたのだと思います。

その後大人になり、この高校バレー部でのマインドは今も私に宿っています。
ですが、どうしても体が辛い時、精神的に参ってる時、頑張りたくても頑張れない事は多々あります。

高校時代にこの経験をしていなければとっくに折れていたであろう時もありますが、そんな時はいつも先生や先輩達の事を思い出し奮起しています。

非認知能力はいつでも育つ

”非認知能力を育てるには【3歳まで】にどのように子供に接するかで決まると言われていますが、私としてはこの能力は中学高校になっても育つというのが持論です。”

というように前回の記事で書きましたが、私の体験としては、まさにこの高校生活で非認知能力が育ったと考えています。

先生や先輩が私に与えてくれたものは、

「共感」「激励」「絶対評価」という前提があった上での「指摘」や「叱責」です。

正に【基本的信頼感】を私に与えつつ、努力の仕方を教えてくれました。

そして、私もBUDDYではこの考えを基に、子供達への指導を行っています。

運動教室に来る子供の多くは、「運動が苦手な子供」です。そして、その原因はシンプルに「やり方を知らない」からです。

また、発達の程度は幼少期は個人差が大きく、例えば並んだり、話を聞いたり、お手本を見たりと言った活動が上手く出来ない子供も多々います。そんな中で一律に出来るようになるのは至難の業。

「何で聞いてないの!」
「しっかりやりなさい!」
「〇〇ちゃんはちゃんとやっているのに」

これで頑張れたら、小学校に上がる頃には皆すごい事になっています(笑)
加えて幼少期は羞恥心も強く、上記したようなフィードバックに何度も心を痛めて、私の所にやってくる頃には

「無理、できない」

が口癖になってしまっている子供が本当に多いです。

私は、自身の中学・高校の経験からも、このような指導は絶対に行いません。
もちろん、上手く行く事が全てではありませんが、信念に従って基本的信頼感を構築しながら根気強く指導を行う事で、多くの子供たちの口癖を「無理、できない」から

「できるよ!見て見て!」

に変えてきました。

これ以上書くとクドいのと宣伝っぽくなってしまうので、この辺で終わりたいと思いますが、
【非認知能力の育て方】を知りたいと思っている親御さんには少しでもヒントになればと思います。

また今後も運動指導をする上で意識していることなど共有できたらと思います。

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